2018年09月08日

記憶を記録

昨夜は「真っ暗だし、なにもできないし、そろそろ寝ようかな」と思っていた20時少し前に停電が解消しました。
その嬉しさと言ったらもう!!
電気!ありがたいです!!

きっとすぐにこの便利さに慣れて忘れてしまうので、今後同じようなことがないことを祈りつつ将来の自分のために記録を残しておきます。

地震が起きたのは3時少し過ぎでまだ外は暗かったです。
恐怖のあまりドッキドキして余震に耐え、家族や友人の安否を確認しているうちに少しずつ夜が明けてきました。
お日様が昇ると心が安らぎました。
お日様、お天道様、さすがに「様」が付くだけのことはありますな。

そしてなんと5時に通常通りに朝刊が配達されました。
あまりにも驚いたので廊下に飛び出て、配達の方に「ありがとお〜〜〜!!」と叫んだくらいです(ホント)
新聞といえば、当日と翌日の夕刊はこなかったのですが(次の日の朝刊と合体されていました)北海道新聞は地震の日の夕刊もちゃんと配達されました。
どこで印刷しているんだろう?
テレビが見られないのでなにが起きているのかがよくわかっていなかっただけに、新聞の写真は衝撃でした。
こんな状況を見たら、本州の人がびっくりして連絡くださるわけだよ!

今回、夜ってこんなに暗いんだと初めて知りました。
日没が18時で、外はまだ少し明るいのだけど家の中は真っ暗です。
だから夕食は17時前に食べました。
19時はもう真夜中状態。
サイレンの音や空を飛ぶ飛行機の音が恐ろしく感じます。

ネットで見たペットボトル行灯

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なかなかいい感じです。
ストロボを点けて撮影してみますと
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ペットボトル行灯の下でワイン

懐中電灯を消すと
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こんなに暗いのは生まれて初めての経験です。知らない世界。
星がキレイに見えました。

今回のことでは、戦中派の母の胆力、夫の適応力の高さ、息子の冷静かつ的確な指示と驚くことばかり。
というわたしも、水とガスが使えるということで焦ることなく、不便ながら「日常生活」を送れたと思っています。

何より携帯電話のありがたみを感じました。
母や妹などの安否確認がすぐに取れたのも携帯電話のおかげです。
地震と同時に停電になったので、携帯がなければ「実際に行く」しか手段がなかったのでした。
携帯の便利さを感じる一方で、バッテリー充電器の必要性を強く感じました。

息子がチャージ式のバッテリーを持っていたのと夫の車で充電ができたこと、近くの中学校が避難所になっていてそこで充電ができたことでなんとかギリギリセーフでした。

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大変お世話になりました。

こんなに停電が長引くなんて思っていなかったので、始めの頃はネットで検索したりツイッターを見たりと気楽に使ってしまっていました。
今後はチャージ式のと電池式のを準備しておかなくては!
(今はどこも在庫切れです)
電池も使っていないから大丈夫と油断せず、避難袋の中の食料と一緒に時々入れ替えることが必要です。

バッテリーもそうですが、今回とても助かったのは充電式の電気スタンドです。
たまたまフル充電できていたのが良かったです。
つまり充電式の家電は常にフル充電しておく習慣にすること!わたし!!

さすがに19時は眠たくないので悪あがきです。
本を読もうとしています。
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目が疲れるので長くは読めません。なのでわたしも1日目は20時には寝ました。
原始的生活です。

日中もすることがないので、散歩をしました。町内パトロールと勝手に呼んでました。
時間が経つのがものすごくノロイのです。
もう16時くらいかなと体内時計がいうのだけど、現実は11時だったりします。
気も滅入ってきます。
歩いていると「お水が出ます。お使いください。」とか「炊き出しやっています。容器をご持参ください。」などという貼り紙を目にします。
心が温かくなります。

長くなりすぎたので、明日に続く。
posted by 元女将 at 21:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする